フランスの詩人アンドレ・ブルトンがニューヨークに住んでいたとき、いつも通る街角に黒メガネの物乞いがいて、首に下げた札には

  私は目が見えません

と書いてありました。彼の前には施し用のアルミのお椀が置いてあるのですが、通行人はみんな素通り、お椀にコインはいつもほとんど入っていません。ある日、ブルトンはその下げ札の言葉を変えてみたらどうか、と話しかけました。物乞いは「旦那のご随意に」。ブルトンは新しい言葉を書きました。
 それからというもの、お椀にコインの雨が降りそそぎ、通行人たちは同情の言葉をかけていくようになりました。物乞いにもコインの音や優しい声が聞こえます。数日後、物乞いは「旦那、なんと書いてくださったのですか」。
 下げ札にはこう書いてあったそうです。

  春はまもなくやってきます。
  でも、私はそれを見ることができません。

 誰が見てもうらぶれた物乞いです。黒メガネをかけているのだから盲人であることも分かります。「私は目が見えません」は言葉の意味をなしていないのです。
 アンドレ・ブルトンの言葉のほうには、訴えるものがあり、憐れみを乞う力があり、人に行動を促す力、もっとえげつなく言えば集金能力がありました。目的はそれだったのです。読んでもらって、施しの気持ちを起こさせ、施しをいただくこと。
 目的を果たしてこそ、言葉です。

オーラの出し方や仕掛けの仕方にはいろんなテクがあるらしいが、一つ言っていたのは、 「何人かいる中でも、目を合わせること。それも、しっかり間を取って」。 目が合ったときに、数秒間、できれば5秒くらいちゃんと相手の目を見る。ちょっとにっこりしてもいい。それから逸らす。

この話を聞いてた一緒にいた別の女性。 彼女は「どうでもいい人」から言い寄られることが多い。それも、本音では恋愛対象にしたくない既婚者からが多い。

その彼女いわく、「私は、本当に気になっている人には、恥ずかしくって目を合わせるなんてできない。そうじゃない人には気楽にできるんだけど・・・そうか!それがいけなかったんだ!」と目からウロコ。 実は、気楽な相手に無意識に行っていたことは、その相手には(その相手にのみ)ちゃんと効いていたということですね。

借金をする人は、自分のお金がいくらあるかを知ろうとはしません。

太っている人は、自分の体重も食べた量も知ろうとはしません。

迷っている人は、自分が何がしたいのかを知ろうとはしません。

失敗をする人は、自分の得意なところを知ろうとはしません。

言い訳する人は、自分が問題の本質を知ろうとはしません。



- 現実を受け入れる人は逃げるための言い訳はしない。 - keitaro-news - 書評で学ぶ整理術 (via ntdskkuroneko029) (via rossomax) (via mnak) (via petapeta) (via fixel) (via yellowblog) (via fukumatsu) (via kirisaki) (via sworddance)
http://retext.orig.jp/text/40192 (via retextlog) (via fixel) (via reistorm) (via device302) (via shrineroof) (via oosawatechnica) (via scarecrowbone) (via yzat) (via hepton-rk) (via k-a-i-r-i) (via hanamichi10) (via tppmukai) (via yudaimori) (via ararky) (via s-hsmt) (via hsmt) (via mnknst) (via quote-over100notes-jp) (via takeori) (via motomocomo)
「幸せになりたい幸せになりたい」ってずっと思ってると、幸せになりたいってだけで終わっちゃうんです。「幸せだなぁ」って思ってるとずっと幸せのまま過ぎていくんです。
eri_philosophy (via kick036) (via pound66) (via mcsgsym) (via gkojay) (via motomocomo)
日本の教育は、スキー雑誌をたくさん読ませてプロスキーヤーを作ろうとしてる。そうじゃなくて、滑って転んで頭を打って、それで身に付けるしかないんだよな。
丸投げが好きな人は出世する。
Zumblr.からリブログ
「彼が言うわけですよ、日本で会社を経営するのは楽ですよと。業績が悪くなったら給料を減らせばよい。また悪くなったらさらに削る。こうしてどんどん給料を減らしていっても、社員はほとんど会社を辞めない。こんなに会社経営が楽な国はないって。中国で同じことをやったら、社員はあっという間に霧散して一人もいなくなる。米国だって同じ。だから、経営者は第一に社員の処遇を考えなければならない。処遇の改悪はぜったいにできないから、本業で業績を上げることを真剣に考え、取り組まざるを得ないわけです」
僕はこの回を見ながら、海洋堂は「ブラック企業」なのだろうか?と、ずっと考えていたんですよね。


村上隆さんが海洋堂を「オタクのハプスブルグ家」と評していたのには笑ってしまったのですけど、海洋堂というのは、1軒の模型店に集まってきたマニアたちがつくってきた会社なのだそうです。

既存のモデルに飽き足らなくなったマニアたちが、「自分で自分を満足させられるモデルをつくる」ことからはじまり、同好の士たちが次第に集まってきて、いまの形になったのです。

いまでもマーケティングはせず、「他社よりも少し良いもの」ではなく、「宮脇社長が面白いと思うもの」「とにかく最高のクオリティのもの」をつくる。


 海洋堂を支える原型師たちへのインタビューのなかで、村上隆さんとのコラボレーションでも知られる美少女フィギュアのカリスマ・ボーメさんは、毎日朝9時の勤務時間から、夜の9時、10時まで、ずっと海洋堂で仕事をしているのだそうです。

 会社と「寝に帰る」家との往復以外は、大阪の街に日曜の午前中に情報収集に行くだけ。

 夕食も毎日会社。独身。


 海洋堂には、そういうスタッフがたくさんいるのだそうです。

 誰にも強制されることはなく、「最高のフィギュア」を創ることに没頭する人たち。

 彼らがどのくらい給料をもらっているのかはわからないけれど、正直、この働き方だと、どんなに高給でも、使う暇もないだろうなあ、なんて考えてしまいます。

 それこそ「趣味のもの」を買うのに使うしかないのだろうけど、それもまた仕事の必要経費といえなくもないわけで。


 『カンブリア宮殿』に出演していた海洋堂のスタッフは、「自分はこれしかできないから、この仕事でご飯が食べられて嬉しい」と語っている人や「海洋堂のおかげで、なんとか食べていけるようになった」と満足げに語っていました。

 

 彼らは、僕が考えるような「労働条件云々」なんてことは全く頭にはないようで、「こうして自分が好きなことをやって給料をもらって生きていけるだけで幸せ」だと心から思っているようにみえたんですよ。

 「当直が多い」とか「クレームが怖い」とか「給料が同業他者より安い」と毎日ぼやいている僕は、なんだか自分がとてもつまらない人間に思えてきてしょうがなかったのです。

 ああ、僕は基本的に「自分の仕事が好きじゃない」のだ。
Q.日本人は物事を白黒つけるのが下手だと思いますか?

・思う 21%
・思わない 7%
・どちらともいえない 72%
stlb:tumblrからリブログ
「自分が感動したものをわけてあげたい」ってメンタリティーの人が教師になると、いろいろと面倒なことを引き起こす。いちばん陥りやすいのは「私が感動したものを理解できないのは信じられない」という感情を根底にして、無意識の同調を強いること。それはもはや暴力なんです。